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Kubernetes環境におけるリソース最適化の深層:コスト削減と安定運用を両立させる試行錯誤と、予期せぬ落とし穴からの教訓

Tags: Kubernetes, コスト最適化, リソース管理, FinOps, クラウドネイティブ

導入

クラウドネイティブ化の進展に伴い、Kubernetesはコンテナオーケストレーションのデファクトスタンダードとして広く採用されています。その強力な抽象化と自動化の能力は、開発効率とデプロイメントの迅速化に大きく貢献してきました。しかしながら、その複雑さゆえに、リソースの非効率な利用や、それに起因するクラウドコストの増大という新たな課題に直面するケースが少なくありません。特に大規模なシステムにおいて、コストとパフォーマンス、そして安定運用をいかにして両立させるかは、技術リーダーや熟練エンジニアにとって常に頭を悩ませるテーマであります。本稿では、Kubernetes環境下におけるリソース最適化とコスト管理に焦点を当て、その具体的な試行錯誤のプロセス、直面した問題とその解決策、そしてそこから得られた教訓を共有します。

問題提起と背景

当社では、複数のマイクロサービスとデータ処理ワークロードをKubernetesクラスター上で運用しています。サービス開始当初は、開発速度と安定性を最優先し、リソースの割り当てに関しては比較的緩やかなポリシーを採用していました。具体的には、各Podのリソースリクエストやリミットは開発チームの裁量に任され、多くの場合、実態よりも余裕を持った値が設定されていました。

このアプローチは初期の開発フェーズにおいては一定のメリットをもたらしましたが、サービスの規模が拡大し、クラスター数とノード数が増加するにつれて、深刻な問題が顕在化しました。まず、クラウドプロバイダーへの支払いが予測を大きく上回り始め、コスト効率の悪さが経営層からも指摘されるようになったのです。また、Podの不適切なリソース設定は、ノードの断片化を引き起こし、スケジューリングの効率を低下させ、結果として必要なPodが起動できない、あるいは予期せぬパフォーマンス劣化が発生するといった安定運用上のリスクも内包していました。

既存アプローチの限界は明らかでした。単に「リソースを減らせ」という指示だけでは、開発チームはアプリケーションの安定性に不安を感じ、具体的な改善には繋がりません。また、従来のインフラストラクチャにおけるコスト管理手法がKubernetesの動的な環境には適用しづらい点も課題でした。Podが頻繁にスケールイン/アウトし、ノードも自動で増減する中で、どのワークロードがどれだけコストを消費しているのかを正確に把握する可視性が不足していたのです。この状況を打破するため、全社的なリソース最適化とコスト管理プロジェクトが立ち上げられました。

試行錯誤のプロセスと技術的詳細

初期アプローチ:手動最適化と標準化の試み

プロジェクト開始当初、私たちはまず、既存ワークロードのリソース使用状況をPrometheusとGrafanaで可視化し、目視と経験則に基づいた手動チューニングを試みました。各開発チームに対し、CPUとメモリのリクエスト/リミットを厳密に設定するようガイドラインを提示し、CI/CDパイプラインでその設定をチェックする仕組みを導入しました。

apiVersion: apps/v1
kind: Deployment
metadata:
  name: my-application
spec:
  template:
    spec:
      containers:
      - name: my-container
        image: my-registry/my-application:1.0.0
        resources:
          requests:
            cpu: "200m"
            memory: "512Mi"
          limits:
            cpu: "500m"
            memory: "1Gi"

このアプローチの失敗と教訓は顕著でした。

  1. 開発者の抵抗とオーバーヘッド: アプリケーションの特性は多岐にわたり、一律のガイドラインでは対応しきれないケースが頻発しました。開発チームは、リソース設定の調整に多くの時間を費やし、本質的な開発業務への集中が阻害されました。また、リソースを削減しすぎた結果、一部のサービスで予期せぬパフォーマンス劣化やPodのクラッシュ(OOMKilled)が発生し、かえって問題が複雑化しました。
  2. 動的なニーズへの対応不可: サービスへのトラフィックは時間帯やイベントによって大きく変動するため、静的なリソース設定では常に最適な状態を維持することが困難でした。ピーク時にはリソース不足に陥り、オフピーク時にはリソースが無駄になるというジレンマに陥りました。

この経験から、手動によるチューニングと静的な設定だけでは、Kubernetesの動的な特性と大規模環境の要件を満たすことはできないと判断しました。

第二アプローチ:オートスケーリングの導入とその限界

次に私たちは、Kubernetesが提供するオートスケーリング機能を活用することに焦点を当てました。Horizontal Pod Autoscaler (HPA) を導入し、CPU使用率やカスタムメトリクスに基づいてPod数を自動調整することで、動的なトラフィック変動に対応しようと試みました。

また、Vertical Pod Autoscaler (VPA) の導入も検討しました。VPAはPodのリソースリクエストとリミットを自動的に調整してくれるため、手動設定の負担を大幅に軽減できると期待されました。

apiVersion: autoscaling.k8s.io/v1
kind: HorizontalPodAutoscaler
metadata:
  name: my-hpa
spec:
  scaleTargetRef:
    apiVersion: apps/v1
    kind: Deployment
    name: my-application
  minReplicas: 2
  maxReplicas: 10
  targetCPUUtilizationPercentage: 70

VPAについては、当初の期待とは裏腹に、その導入は断念せざるを得ませんでした

  1. Podの再起動問題: VPAはリソースリクエスト/リミットを変更する際、Podを再起動する必要がありました。当社のクリティカルなサービス群では、計画外のPod再起動がサービスの可用性に影響を与える可能性が高く、特に状態を持つアプリケーションにとっては許容できないものでした。
  2. リソース管理の粒度: VPAはPodレベルでの調整ですが、私たちの目指すのはクラスター全体の効率化とコスト最適化であり、VPA単体ではノードレベルの最適化には寄与しませんでした。
  3. HPAとの競合: VPAとHPAは共にPodのリソースを操作するため、場合によっては互いに干渉し、予期せぬ挙動を引き起こす可能性がありました。

HPAの導入自体は一定の成果をもたらしましたが、メトリクスの選定や閾値の設定にはやはり試行錯誤が必要でした。特に、CPU使用率だけではIOバウンドなワークロードやメモリリークのような問題には対応しきれないという限界がありました。

第三アプローチ:ノードレベルの最適化とFinOpsプラクティスの導入

上記のアプローチの限界を認識し、私たちはより根本的な解決策として、ノードレベルのリソース最適化と、コスト管理文化の醸成を目指すFinOpsプラクティスの導入に舵を切りました。

  1. Cluster Autoscaler / Karpenterの活用: 既存のCluster Autoscalerに加え、AWS環境においてKarpenterの導入を進めました。Karpenterは、各PodのCPU/メモリ要件とアフィニティ・アンチアフィニティ設定に基づいて最適なEC2インスタンスタイプを動的にプロビジョニングし、未使用リソースを最小限に抑える能力を持っています。これにより、よりコスト効率の高いノード構成が実現可能となりました。

    試行錯誤と教訓: Karpenterは非常に強力ですが、その設定は複雑です。特に、

    • インスタンスタイプ選定: 利用可能なインスタンスタイプやアベイラビリティゾーン、価格モデル(オンデマンド、スポット、RI/SP)の優先順位をprovisionerで適切に定義することが重要です。最初はオンデマンドインスタンスのみで運用していましたが、コスト削減効果を最大化するため、スポットインスタンスの積極的な活用へと移行しました。
    • スポットインスタンスの耐障害性設計: スポットインスタンスの中断は避けられないため、重要なワークロードは複数のスポットインスタンスタイプ、またはオンデマンドインスタンスとの組み合わせで冗長性を持たせる設計が不可欠です。termination_grace_periodの設定や、Pod Disruption Budget (PDB) の活用も併せて実施しました。
    • Workload Identityの適切な管理: Karpenterで起動されるノードには、Podが必要とするIAMロールを適切に付与する必要があります。これには、AWS EKSのIAM Roles for Service Accounts (IRSA) の活用が不可欠であり、各マイクロサービスが最小限の権限で動作するよう、IAMポリシーを細かく定義するプロセスに時間を要しました。
  2. 詳細なコスト可視化と割り当て: どのワークロードがどれだけのコストを消費しているかを明確にするため、OpenCostやKubecostのようなツールを導入しました。これにより、ネームスペース、ラベル、アノテーションに基づいた詳細なコスト割り当てが可能となり、各開発チームが自身のサービスのコストを認識できるようになりました。

    試行錯誤と教訓: コスト可視化ツールの導入だけでは十分ではありませんでした。

    • タグ付け戦略の徹底: コストを正確に割り当てるためには、DeploymentやService、PersistentVolumeClaimなどのKubernetesリソースに一貫したタグ付け戦略を適用する必要がありました。初期はタグ付けが不十分で、コストが適切に割り当てられない「不明」なコストが多かったため、既存リソースへのタグ付与と、CI/CDパイプラインでのタグ付け強制を段階的に実施しました。
    • コストデータの解釈とアクション: ツールから得られたデータを、具体的な改善アクションに繋げるための定期的なレビュー会を設ける必要がありました。開発チーム、インフラチーム、財務チームが参加するFinOpsミーティングを毎週開催し、コストトレンドの分析、最適化機会の特定、次なるアクションの決定を行いました。
  3. 継続的なプロファイリングと最適化: DatadogやNew RelicといったAPMツールを活用し、アプリケーションレベルでのCPU、メモリ、I/O使用状況を詳細にプロファイリングしました。これにより、Kubernetesのリソース設定だけでなく、アプリケーションコード自体に潜む非効率性を特定し、改善を促すことが可能になりました。例えば、特定のAPIエンドポイントが過剰なメモリを消費しているケースを特定し、キャッシュ戦略の見直しやデータ構造の最適化といった、アプリケーションレベルでのチューニングを実施しました。

成果と学び、将来への展望

これらの試行錯誤の結果、当社はKubernetes環境におけるコスト効率を大幅に改善し、同時にサービスの安定運用も強化することができました。具体的な成果としては、半年間で約20%のクラウドコスト削減を達成し、開発チームのコスト意識も大きく向上しました。リソースの断片化が減少し、ノード利用率が平均で15%向上したことも確認できました。

このプロセスを通じて得られた最も重要な学びは以下の点です。

今後の展望としては、AIを活用したリソース使用予測の導入により、さらにプロアクティブな最適化を目指しています。また、開発者が自身のコード変更がコストに与える影響をより早期に把握できるよう、開発環境でのコストシミュレーション機能の導入も検討しています。さらに、エッジコンピューティングや異種混合クラスター環境におけるリソース最適化にも取り組んでいく予定です。

結論

Kubernetes環境におけるリソース最適化とコスト管理は、単なる技術的な課題に留まらず、組織全体のプロセスと文化を変革する挑戦であります。本稿で紹介した試行錯誤のプロセスは、決して平坦な道のりではありませんでしたが、失敗から学び、段階的にアプローチを改善していくことで、具体的な成果を出すことができました。

熟練のエンジニアや技術リーダーの皆様が直面するであろう同様の課題に対し、本稿で共有した知見が何らかのヒントとなり、皆様のプロジェクトにおけるイノベーションとコスト効率の向上に貢献できれば幸いです。このテーマについて、皆様の経験やさらなる洞察があれば、ぜひコミュニティで議論を深めていければと存じます。